- 光半導体関連
生体センシングへの応用が進む光センサの技術動向
本記事では、前回解説したSWIR技術の基礎知識を踏まえ、具体的な応用例として注目を集める非侵襲生体センシング技術について解説します。
目次
世界的に増加を続ける糖尿病患者
近年、世界的な経済発展とそれに伴う食事内容の変化により、糖尿病の患者およびその予備軍の数が、世界的に拡大していることが大きな問題となっています。国際糖尿病連合(IDF)の報告*によると2021年時点の世界全体で5.4億人だった糖尿病患者は、2045年には7.8億人へ拡大することが予測されています。
*Diabetes Facts and Figures | International Diabetes Federation
世界的な糖尿病の増加は医療費の増加、生活の質の低下、社会的負担の増加などの社会的な問題を引き起こします。
こうした糖尿病の治療において重要になるのが、血糖値のコントロールです。糖尿病の患者は、食事・運動療法とともに、飲み薬やインスリンの注射により血糖値を一定に保つことが治療の基本となります。そのために患者は、日常生活において常に自分の血糖値を把握しておくことが必要です。そこで、血糖値の測定のために用いられるのが各種血糖値測定器です。
「血糖値測定」が抱える課題、侵襲式から非侵襲式へ
血糖値の測定には、指先に針を刺して採取した血液中のグルコースを測るSMBG(Self Monitoring of Blood Glucose:血糖値自己測定)方式と、腕にパッチ型センサを装着して持続的に血糖値を測るCGM(Continuous Glucose Monitoring:持続血糖測定)方式の2つがあります。これまではSMBG、CGM方式ともに皮下組織にまで針を刺す「侵襲式」が一般的でしたが、センサ技術の発達により、最近では針を刺さずに皮膚の上から血糖値を測定できる「非侵襲式」センサの開発が進んでいます。
侵襲式測定から、非侵襲式測定への移行は、糖尿病の患者に複数の大きなメリットをもたらします。1つ目は針を皮膚に刺して採血するのに伴う「痛み」がなくなることです。採血用の注射器の針は非常に細いので感じる痛みはわずかですが、それでも検査の度に痛みを伴うのは避けられません。特に糖尿病を患う小さなお子さんは注射を怖がるケースがよくあり、治療の妨げとなっています。
また採血では、同じ場所に注射を続けていると、その部分の皮膚が硬くなります。そのため、注射する場所をずっと変え続けるのが基本です。それに対して非侵襲式のCGMデバイスは、皮膚の上から計測を行うため、一度装着すれば10日から2週間といった一定の期間、痛みを伴わずに血糖値を測定し続けることができます。
2つ目の患者にとってのメリットが金銭の負担です。針を刺す侵襲式SMBGのデバイスは、検査毎に穿刺針と血糖値センサを交換する必要があります。測定器本体は10,000〜15,000円程度で、1回あたりの血糖値センサと穿刺針の費用が150〜200円程度発生します。仮に血糖値の測定を朝、昼、晩の1日3回行ったとすると、健康保険が適用されるとはいえ、年間200,000円程度の出費となります。それに対して非侵襲式のデバイスは、交換が必要な消耗品がないため、最初に機器を購入して以後のコストがほとんど発生しません。(個人の負担費用は国や地域の保険制度・加入保険により異なります。)
世界の糖尿病患者が増加傾向にあり、血糖値モニタリングの市場規模も大きく拡大することが予想されています。その市場に参入すべく、現在、世界中のさまざまな企業が、新たな非侵襲式センサを搭載したウェアラブルデバイスの開発を急いでいます。
バイオセンシングに活用される光センサ
ウェアラブルデバイスに搭載される非侵襲式のバイオセンサの中核が、前回解説したSWIRなどの光の特性を活用したセンサ技術です。(詳しい光の性質については、基礎編をご参照ください。)下記のイラストは、デクセリアルズが開発したSWIR(短波長赤外光)を用いた反射型センサの模式図です。
左の図では、無機物に当たった光が反射されて戻って来るのに対して、指先(生体)に当たった光は皮膚内部まで透過し、体内の水分や生体物質に吸収され減衰してセンサに戻ってきていることを示しています。光半導体を用いたバイオセンサは、さまざまな波長の光を用いて、対象物に吸収された光の減衰量を測定することで、目的の物質を測ります。
私たちデクセリアルズは、ウェラブルデバイスに搭載することを想定し、これまでに各種のバイオセンサ向けの部品を開発してきました。ここからはそれらの製品について解説します。
2-tone PD(KP-2シリーズ)
2-tone PD(ツートーンフォトダイオード)は、下記のイラストのようにSi系フォトダイオードの中に、異なるバンドギャップを持つInGaAs系フォトダイオードを組み合わせて配置することで、400〜1700nmという幅広い波長域を同一光軸上で検すること出を可能にしました。
材料構成
・Si系フォトダイオード: 可視光・近赤外領域(400-1000 nm)
・InGaAs系フォトダイオード: 赤外・近赤外領域(900-1700 nm)
血液中のバイオマーカーであるグルコースやヘモグロビンは、それぞれ特有の波長で反応するため、広い波長域での検出が必要となりますが、この技術革新により、従来は別々のセンサが必要だった多様なバイオマーカーの同時検出を、単一パッケージのデバイスで実現しています。 ※水分は1450nm、グルコースは1600nmなどの光を強く吸収し、酸化ヘモグロビンは940nm、還元ヘモグロビンは660nmなどの光を強く吸収します。
さらに、単一パッケージでの実現により、厚さが1.1mm、縦4mm、横5.7mmという超小型・薄型のパッケージを実現しました。この小型化により、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスへの搭載が可能になっています。このように従来の波長検出方式が持つ常識を打破する2-tonePDは、マテリアルサイエンスと半導体技術の融合によるブレークスルーといえます。
2-tone PDは搭載デバイスとして、血液中の酸素飽和度や一酸化炭素濃度を測るパルスオキシメーターや、血糖値を測る非侵襲式グルコースモニターなどを想定しています。さらに対応する波長域が広いことから、医療・メディカル用以外の光通信機器や5G通信機器に応用できる可能性もあります。
SWIRタイプ反射型センサ
デクセリアルズが開発した医療・メディカル用途のウェアラブルデバイス向けの製品のもう一つが「SWIRタイプ反射型センサ」です。SWIRの波長域は900~1700nmで、よく水に吸収され、グルコースやヘモグロビンにも吸収されることから、バイオセンサへの応用が進んでいます。
SWIRタイプ反射型センサの特徴は、コンパクトなパッケージの内部に、SWIRの光を発するLEDと、その反射光を捉えるPDを一つにセットして格納したところです。また検出したいバイオマーカーに合わせて、さまざまな波長に対応できるのも大きな特徴です。
下図の左側のデュアル・エレメント・タイプは、1450nmのLEDを搭載することで、物質中の水分量のセンシングを実現します。右のトリプル・エレメント・タイプは、810nmと1300nmの2つの波長の光を発するLEDを搭載することで、血液中の赤血球量を示すヘマトクリット値のセンシングを可能としました。
ウェアラブルデバイスを用いたバイオセンシング技術は、センサ技術とAI解析技術の進歩により、生体情報をより正確にリアルタイムでの取得を実現しつつあります。この技術革新は、医療の発展に新たな可能性をもたらすと考えられます。
私たちデクセリアルズも、各種のセンサに役立つ製品を開発することで、世界中の人々の健康に貢献することを目指してまいります。
関連記事
- SHARE
当社の製品や製造技術に関する資料をご用意しています。
無料でお気軽にダウンロードいただけます。
お役立ち資料のダウンロードはこちら当社の製品や製造技術に関する資料をご用意しています。
無料でお気軽にダウンロードいただけます。
お役立ち資料のダウンロードはこちら