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モスアイ構造とは -究極の反射防止を求めて-

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わずかな月明かりも逃さない蛾の眼の秘密

夜行性の昆虫である蛾は、暗い夜でも自由に飛び回り、天敵から身を守りながらエサとなる蜜や樹液を出す植物を見つけだすため、進化の過程で特殊な眼の構造を獲得しました。それが「モスアイ(Moth-eye)」と呼ばれる構造です。蛾の複眼の表面には、ナノレベルの微細な突起が一定間隔で多数並んでおり、その構造によって入ってきたわずかな光をほとんど反射することなく取り込むことができます。

蛾の目の表面構造

モスアイ構造を形成する突起は、可視光の波長よりも小さい大きさで規則的に並んでいます。大気中で光の反射が起こるのは、空気と光が当たる物質の屈折率の違いが原因ですが、蛾の眼に並ぶ突起はカーブを描いた紡錘形をしており、その形状によってさまざまな角度からの入射光を、屈折率を連続的に変化させながら眼の内部に取りこむことができるため、蛾の眼はほとんど光を反射しません。

反射低減の原理/光の透過イメージ

独自製法のモスアイ反射防止フィルム

その蛾の眼の仕組みを反射防止フィルムに応用したのが、反射防止フィルム モスアイタイプです。当社が開発製造するモスアイタイプの反射防止フィルムは、可視光の波長(380〜780nm)よりも小さな突起をフィルム上の樹脂に成形することで、蛾の眼と同様に光の反射をほぼ防ぐことを実現しています。

モスアイ構造の形成には、アルミ板を化学処理することで多孔質の構造を自然成形する「陽極酸化法」と呼ばれる手法が一般に用いられています。しかしその方法は、突起の形状や大きさを自由に形成することが難しいという欠点があります。

それに対してデクセリアルズでは、ブルーレイディスクや半導体の製造に用いられる技術を応用してモスアイ構造を形成する手法を確立しました。この製法では、まずロール状の原盤にモスアイ構造の元となる穴(ピット)をレーザーによるリソグラフィ技術を用いて作製します。次に形成された凹凸形状をナノインプリントと呼ばれる手法でフィルムに転写します。レーザー光の照射角度や照射位置はコンピュータで精密に制御されており、突起一つ一つの形状を蛾の眼に近い紡錘形に造形することが可能です。その技術によって私たちは、陽極酸化法よりも正確なモスアイ構造を形成でき、反射率の低いフィルムを実現することができました。

なお、デクセリアルズが開発した独自の製法については、Tech Timesの記事「存在に気づかないほどの透明度の高い反射防止フィルムができるまで -微細構造を形成する最新技術とは-」で詳細に解説されています。

RolltoRoll方式の微細構造転写装置の概念図
微細構造付きフィルムの製品例/医療用アイシールド向けフィルムの製品構造

「何もない」ように見える透明性を実現

下記のグラフは、モスアイタイプ(微細構造転写タイプ)の反射防止フィルム=緑線と、従来製法(スパッタリングを用いたドライ製法=紫線、溶剤を塗布、乾燥させるウェット製法=橙線)の反射防止フィルムの反射率を、光の波長を横軸にとって示しています。モスアイタイプ以外の反射防止フィルムは、光の屈折率が違う薄膜を重ね合わせることで光を互いに干渉させて反射率を低減しています。それに比べてほとんどの波長域でモスアイタイプのほうが反射率が低いことがわかります。このように光の波長による反射率の変化が少なく、可視光の全領域にわたって反射防止を実現できることが、モスアイタイプの反射防止フィルムの大きな利点の一つとなっています。

製法の異なる反射防止フィルムの反射特性

下記はPETフィルムとモスアイ構造付きフィルムの全光線透過率と反射率を示したグラフです。透過率はPETの89%に対してモスアイ構造付きフィルムが99%、反射率もPETが10%前後なのに対して、モスアイ構造付きフィルムは0〜1%しかありません。現在、病院や食品工場などで用いられるフェイスシールド、アイシールドはPETを基材とするものが大多数を占めていますが、それらをモスアイ構造付きフィルムに置き換えることで、透明性を大幅に高め、反射による視認性の低下を防ぐことが可能となります。

モスアイ構造付きフィルムの光学特性

実際にモスアイ構造付きフィルムを貼ると、どれぐらい反射を防ぐことができるのかを示したのが、下記の実験写真です。左側の画面が白っぽく見えるため、よく左側にフィルムが貼ってあるように思われるのですが、断面イメージで示すようにモスアイ構造をもった反射防止フィルムはガラスに向かって右半分の領域の表裏に貼られています。右側のフィルムを貼った領域は、ガラスの存在も視認できないほど、まるで何もないかのように中の写真が見えています。

フォトスタンドのガラスの両面にモスアイタイプフィルムを張った例

「曇らない」ことで実用性が向上

当社が開発、製造する反射防止フィルム モスアイタイプの特長の一つが、「防曇性」が付与されていることです。医療現場で使用されるシールドは、診断や治療が妨げられないよう、なるべく曇らずにクリアな視界が保たれることが望まれます。医療用シールドが「曇る」という現象は、呼気に含まれる水蒸気がシールド表面に付着して、小さな水滴として結露することが原因です。当社のフィルムは、親水性の高い樹脂で微細構造を形成しており、水に濡れやすく水蒸気がついても一瞬で表面に水滴が広がるため、水滴状に結露することがありません。

モスアイ構造付きフィルム表面の引っかき傷にはご注意を

上記の通り、デクセリアルズの反射防止フィルム モスアイタイプは、低反射性能と高い透明性が特長ですが、使用にあたっては注意もあります。その一つが「比較的汚れやすい」ということです。一般のフィルムでは気にならないレベルであっても、モスアイ構造付きフィルムでは、汚れた部分以外の透明性が非常に高いために指紋などが表面につくと少なからず目立ちます。またナノレベルの微細構造であるため、この凹凸に皮脂等が入り込むと、汚れが落ちにくいという特徴があります。

ただ、そうした汚れも、水と洗剤を含ませた布や綿棒で数回拭けば、きれいに除去することが可能です。なお、スチールたわしのような硬いもので表面をこすってしまうと、微細な凹凸が削られてしまい、せっかくのモスアイ構造が壊れ、性能が発揮できなくなります。使用にあたっては、表面に引っかき傷がつくような強い力が加わらないように注意していただく必要があります。

モスアイ構造の反射防止フィルムは近年、テレビなどのディスプレイ用途、カメラのレンズといったエレクトロニクス製品以外に、美術品の展示の保護など、幅広い分野で活用されるようになりました。

特に注目すべきは、医療分野と自動車分野でのその応用です。医療分野では、パンデミック以降、急増した医療用シールドの需要に対応しています。このフィルムは長時間の装着でも視界を妨げず、目の疲労を軽減するため、パンデミックが収束した現在でも、多くの医療現場で依然として重宝されています。(詳細は「反射防止フィルム モスアイタイプを活用した医療用シールド材の特長」の記事をご覧ください)

一方、自動車分野では、特に車載ディスプレイへの活用が進んでいます。その中でも、車のダッシュボードに設置され、自動車の位置情報などを映し出す「センターインフォメーションディスプレイ(CID)」と、運転席前のフロントガラスに車速などの情報を投影する「ヘッドアップディスプレイ(HUD)」への応用が特に注目されています。(詳細は「モスアイ構造を応用した反射防止フィルム 車載ディスプレイへの展開」の記事をご覧ください)

自然が生み出した生物にヒントを得て開発されたこの製品の、さらなる発展可能性を私たちは探っていきます。

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