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園芸工具(ガーデンツール)の電動化と回路保護設計——進化する園芸工具と安全性の新たな課題
目次
園芸工具の進化とグローバル市場の変化
この記事を読まれている皆さんの中には、庭いじりやガーデニングを趣味にされている方もいらっしゃることかと思います。ガーデニングには多くの便利なツールがあります。特に、北米ではこうした園芸工具が広く普及しており、きれいに整備された芝生がある住宅を多く見かけます。北米の住宅において芝生が整備されているのは、中世ヨーロッパ貴族の庭園文化が起源と言われています。1700–1800年代にアメリカ上流階級へ伝播し、ジェファーソン大統領も自邸モンティチェロで導入しました。園芸工具は、草刈りや剪定、整地など、屋外作業の効率化に欠かせない存在として、長らく世界各地で利用されてきました。ガーデニング用エンジン動力工具は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、軽量化された蒸気機関やガソリンエンジンを搭載したローンモア(芝刈り機)として登場しました。1920年代以降に各社から製品化・大量生産が始まりました。1930年代にはチェーンソーやパワーシックル(畦刈り機)なども加わり、芝刈り機やガーデンホースの普及、ゴルフ人気の高まりが庶民化を後押しし、第二次大戦後のレヴィットタウン(ロングアイランド)の大量生産型住宅で“芝生付き一軒家”がアメリカンドリームの象徴になったと言われています。
一方、電池(バッテリー)駆動工具は、もともと1961年に米国でブラック&デッカーがニカド電池のコードレスドリルを開発したのが嚆矢とされ、1969年にはボッシュが電池式ヘッジトリマーを投入。1969~75年にはGEの電動トラクタ「Elec-Trak」が登場し、1959~62年にはバッテリーモアの試作例も確認されています。以降、ニカド→ニッケル水素→リチウムイオンと電池技術が進化し、2000年代以降はバッテリー専業ブランドも勃興、近年ではプロユースにも浸透しています。
特に従来は、ガソリンエンジンを動力源とする工具が主流であり、広い敷地や電源のない場所でも高出力で作業ができる点が評価されてきました。
こうしたエンジン式ツールは、携帯性や取り回しやすさを重視する設計となっており、日本を含むアジアや北米、欧州の農業・園芸現場で広く普及しています。たとえば、農園や造園業、自治体の緑地管理において、草刈機やチェーンソー、ブロワーなどが日常的に使われています。
一方で、近年のグローバル市場では、園芸工具の需要構造に変化が起きています。園芸工具の世界市場は2024年に約1,022億ドル、2031年には約1,559億ドルに達する見込みであり、年平均成長率(CAGR)は6.3%とされています。
この成長の背景には、いくつかの要因があります。都市部での住宅開発や屋上緑化の広がりにより、個人の庭や小規模なスペースで使用できるコンパクトなツールのニーズが高まっています。また、家庭菜園や屋外での活動を楽しむDIY層の増加により、操作性が高く、管理の手間が少ない電動式製品が選ばれる傾向にあります。さらに、スマートセンサーやバッテリー技術の進化により、自動芝刈り機などの高機能製品が登場し、製品単価の向上も進んでいます。
地域別に見ると、現在最大の市場は北米であり、特にDIY文化が根付く米国では電動式やIoT対応の製品が急速に普及しています。一方、アジア太平洋地域は今後最も高い成長率(CAGR 7.9%)が見込まれており、都市化や所得水準の上昇を背景に園芸活動への関心が高まっています。
このように、園芸工具市場はグローバルに拡大を続ける一方で、製品に求められる性能や機能にも変化が生まれています。とくに電動化の進展とともに、回路設計や安全性に加えて、排ガスなどの環境負荷への配慮も含めた製品設計への関心が高まりつつあります。次章では、エンジン式ツールの中心的な存在である2ストロークエンジンに焦点を当て、その特長と課題を見ていきます。
出典:Data Bridge Market Research「Global Gardening Equipment Market – Industry Trends and Forecast to 2031」
2ストロークエンジンの特長と課題
エンジン式園芸工具の多くは、いわゆる「2ストロークエンジン(2スト)」を動力源としています。構造がシンプルで軽量、小型ながら高出力が得られるという特長から、刈払機やチェーンソーなどのハンディタイプの機器によく使われています。
2ストエンジンは、吸気・圧縮・燃焼・排気といった基本動作をピストン2回の動き(1往復)で完結できるため、エンジン回転あたりの出力密度が高く、取り回しのよい工具を作るうえで理にかなった構造です。反面、4ストロークエンジンと比べて燃焼効率が低く、未燃焼ガスが多く排出されやすいという課題もあります。
また、燃料にはあらかじめガソリンとオイルを混合した混合燃料を用いる必要があるため、ユーザーが自ら調合する手間がかかります。比率を誤るとカーボンの付着や焼き付きといった不具合の原因にもなるため、日常的なメンテナンスにも一定の知識や注意が求められます。
排気の問題、燃料管理の難しさ、そして環境性能への対応といった側面から、2ストエンジンは現在、環境規制との整合が課題となっている技術です。とくに都市部や住宅地での使用を想定した製品では、騒音や排気ガスに対する配慮も重要視されるようになってきました。
排ガス規制と市場の変化
2ストロークエンジンが抱える課題の一つが、環境への影響です。構造上、燃焼効率が低く、未燃焼の燃料やオイルを多く排出するため、大気汚染や悪臭の原因になることがあります。
こうした背景から、各国では排気ガスに関する規制が年々厳しくなってきています。特に欧州では、環境保護を目的とした厳格な基準が早くから導入されており、園芸工具のような小型エンジンを搭載した機器もその対象に含まれています。たとえば、EU圏では「ステージV」規制が導入され、排気ガス中の窒素酸化物(NOx)や炭化水素(HC)の排出上限が定められています。
近年、園芸工具を含む小型エンジン機器に対する排出ガス規制は、世界的に強化される傾向にあります。欧州連合(EU)では、非道路移動機械(NRMM)規則により、さまざまな出力範囲と用途に応じた排出基準が定められ、エンジンの型式認証手続きも規定されています。(* Non-road mobile machinery – European Commission)
米国では、環境保護庁(EPA)が小型スパーク点火エンジンに対する排出基準を策定しており、2011年または2012年から段階的に施行されています。 これらの規制は、排出ガスだけでなく、燃料システム部品を通じた燃料の蒸発排出にも対応しています。(* Regulations for Emissions from Marine Spark-Ignition Engines | US EPA)
このような国際的な規制強化の流れを受けて、園芸工具メーカーはエンジン出力の最適化や環境負荷の少ないモデルの開発を進めています。また、より高出力な電動モデルへの切り替えを積極的に進める企業も増えてきました。

エンジン式と電動式の比較:メリットとデメリット
環境規制や市場の変化により、園芸工具の電動化が進んでいますが、すべてのエンジン式園芸工具がすぐに電動式へ置き換えられるわけではありません。エンジン式と電動式、それぞれにメリットとデメリットがあります。
エンジン式の最大の利点は、高出力と稼働時間です。燃料さえあれば長時間の作業が可能です。
一方で、混合燃料の取り扱いには注意が必要です。オイルとレギュラーガソリンを適切な比率で混ぜる必要がありますが、混合燃料には使用期限があり、時間が経過するとガソリンが気化して劣化します。劣化した混合燃料をエンジンに使用するとエンジンの始動性が悪くなり、キャブレターや燃料フィルターのつまりの原因にもなります。また、保管状態が悪くエンジンに水が入った場合、使用中に焼き付きを起こす可能性があり、エンジン工具は常に保管方法に気を付けなければなりません。このように、エンジン式園芸工具は手入れや準備に手間がかかります。
電動式の利点は、取り扱いやすさです。ボタン一つで始動でき、メンテナンスも比較的少なくて済みます。混合燃料の準備が不要な点も、初心者や家庭用ユーザーには大きな魅力です。
一方で、バッテリー容量に制限があるため、作業時間が限られる点や、高負荷の作業には向いていないケースがあります。
それぞれにメリットとデメリットがあり、現在は「使い分け」や「用途に応じた選択」が現実的な解決策となっています。
| 電動式園芸工具 | エンジン式園芸工具 | |
|---|---|---|
| 出力・使い勝手 | やや劣る。高負荷の作業では向いていないケースがある | 優れる。大排気量で密集地の草刈りなどに対応可能 |
| メンテナンス性 | 優れる。バッテリーの充電を考慮しておけばよい | 劣る。混合燃料の取扱いや燃料タンクのメンテナンスが必要 |
| 排気ガス規制 | 問題無し | 排気ガス規制対応が必要 |
| 作業時間 | 短い。大容量でも1時間ほどの稼働が限界 | 長い。1リットルの混合燃料で数時間稼働可能 |
電動式園芸工具の技術的課題と現状
電動式園芸工具は、環境性能や操作性の面で多くのメリットがありますが、技術的にはまだ発展途上と言えます。とくに業務用途や高負荷作業において、いくつかの課題が存在します。
近年では、36Vや80Vといった高電圧のリチウムイオンバッテリーパックを搭載した製品が登場しており、出力の底上げが図られています。これにより、これまでエンジン式でなければ難しかったような作業への対応も徐々に可能になってきました。しかしながら、「高電圧=すべての作業が可能になる」というわけではありません。
たとえば、太い枝や固い幹の切断、厚みのある雑草地の刈払いなどの、高負荷が求められる作業では、電動式特有の出力制御が作業効率に影響を及ぼす場合があります。無理に駆動を続けるとバッテリーやモーターの発熱リスクが高まるため、安全装置が作動して一時停止する設計になっている製品も少なくありません。
また、バッテリー容量にも限界があるため、作業途中で充電切れとなり、予備バッテリーへの交換が必要になるケースもあります。
このように、電動式園芸工具は、使用環境や作業内容によっては十分な性能を発揮できないケースがあることを理解しておく必要があります。その上で、ユーザーが安心して使用できるよう、万が一の異常時にも安全性を確保できる設計が求められています。
安全設計に求められる回路保護と規格対応
園芸工具がエンジン駆動から電動化へと移行する中で、新たに顕在化してきたのが、電気回路まわりの安全性に関する課題です。バッテリーを搭載した製品では、電源系統に異常が発生した際に過電流や短絡、発熱、最悪の場合は発火といったリスクが生じる可能性があります。
こうしたリスクに対して、回路を確実に遮断できる設計が求められており、それはもはや製品の付加価値ではなく、国際的な安全規格に適合するための前提条件になりつつあります。
たとえば、「UL 62841-1」は、電動工具および園芸工具を含む小型モーター機器全般に適用される基本安全規格であり、内部回路が異常時に物理的に遮断されることを要件の一つとしています。さらに、「UL 62133」や国際規格である「IEC 62133」では、リチウムイオンバッテリー搭載機器における通常充電時の動作状態(規定された動作領域)を定めており、それを逸脱する状態への対策が求められます。
こうした規格では、たとえば以下のような条件がセルに対して求められます:
- 開回路電圧が試験前の90%以上を維持していること
- 通常の充電・再充電試験に適合していること
- 通気孔に損傷がないこと
加えて、規格には「壊れても燃えない設計」が求められており、たとえば部品が故障して過充電が発生した場合でも、セル電圧が上限値を150mV超過しないこと、またそれを超えた場合は再充電を永久的に停止する制御が必要とされています。
さらに、「エンクロージャ圧力試験」や「機械的強度試験」など、物理的・電気的な異常時にも安全を確保できることを評価するための試験も存在し、回路保護部品の選定は製品の規格適合と直結する重要な設計要素となっています。
つまり、「正常な使用状態で性能を発揮すること」だけでなく、「異常が発生したときに確実に遮断し、二次被害を防ぐこと」までを見据えた保護設計が求められているのです。
なぜ園芸工具に回路保護部品としてSCPが選ばれているのか?
電動式園芸工具の普及が進むにつれ、製品の安全性や信頼性を支える回路保護部品の選定が、設計上の重要なポイントになってきました。とくに高出力・高電圧のリチウムイオンバッテリーを搭載した機器では、異常時の遮断性能に加え、実装性や長期的な信頼性も求められます。
デクセリアルズが提供する表面実装型ヒューズ「セルフコントロールプロテクター(SCP)」は、こうした要求に対応するために開発された製品であり、園芸工具のような屋外用途の製品への搭載ができます。
SCPには、以下のような特長があります。
- 永久遮断:異常発生時に回路を物理的に遮断
SCPは、過充電や過電流などの異常が発生した際に、回路を物理的に遮断する「永久遮断」タイプのヒューズです。一度異常を検知したバッテリーの使用を防ぐことができます。 - 低抵抗設計:急速充電や電力効率に対応
SCPは、通電時の抵抗値を低く抑えた設計となっており、高出力での使用や急速充電時にも対応できます。近年、園芸工具でもユーザーの利便性向上のために急速充電機能が搭載されるケースが増えており、こうした回路設計にも柔軟に対応できます。 - 溶断カーブ制御:セルの性能を無駄なく活用
SCPは、内部ヒーターによる制御により、異常時に即座に遮断が行える構造となっています。この溶断カーブ制御機能により、ヒューズの仕様にかかわらず、セルの性能限界を活かした設計が可能になります。高負荷が一時的にかかるような作業でも、セルを最大限活用しつつ、安全性を損なわない設計が実現できます。

園芸工具は、屋外での使用が前提となるため、高温多湿・振動・衝撃・塵埃といった多様な環境ストレスにさらされることも少なくありません。
SCPは、リチウムイオンバッテリーに過充電や過電流などの異常時に確実に回路を遮断し、バッテリーが危険な状態になることを防ぐための表面実装タイプのヒューズ素子です。
デクセリアルズの表面実装型ヒューズSCPは、リチウムイオンバッテリーを搭載した園芸工具の安全性を向上させるために採用されており、その需要は年々高まり続けています。SCPの仕組みについてはこちらの記事をご覧ください。(リチウムイオンバッテリーの大電流化に対応する二次保護ヒューズ(SCP)の技術)
園芸作業を支える園芸工具は、エンジン式から電動式への移行が進む中で、これまでにない設計上の課題や安全性への配慮が求められるようになっています。
製品の性能を引き出すだけでなく、リチウムイオンバッテリーに異常が発生した時にも安全に動作を停止させるための回路保護設計は、これからの園芸工具にとって欠かせません。
今後も、市場拡大のトレンドにある園芸工具において、デクセリアルズの表面実装型ヒューズ「セルフコントロールプロテクター(SCP)」はエンドユーザーの皆様の安心・安全に貢献していきます。
参考文献:Japan on the Mark UL Japan
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